P・K・ディック『ヴァリス』の面白さ(妄想編)
ヴァリス読書会があったので、『ヴァリス』の面白さを書いてみます。今回は「妄想編」です。
物語としての『ヴァリス』はファットが狂っていることに尽きます。
宗教関係を調べて独自の理論を立てます。でも要は妄想です。
でも、ファットだけの妄想かと思っていたら、同じような妄想に取り憑かれている人が居て、あれ?これ妄想じゃないんじゃない?となるところから物語が動くかと思います。
別の場所に居る人が同じような妄想に取り憑かれることがあるのでしょうか?ユング的に言うと集合的無意識の深いところで繋がっているということになるかもしれません。
ユングの話で面白いのが、分裂病の患者が太陽をじぃーっと見ている人が居て、何を見ているかと聞いたら「太陽にシッポ(ペニス)がある」があると答えて、太陽にペニスがあるという神話がミトラ教にもあって、同じモノをみているんじゃないか?というものです。
妄想の元になるようなものが心の奥深くにあって、別の人も同じように情報を取得しているのではないかというものです。
『ヴァリス』の場合も、集合的無意識の奥の方にヴァリスなり、シマウマ(ゼブラ)の元型があるのではないかと考えられます。
確かにそう考えると面白いのですが、自分の解釈としては、ソースが同じ本を読んで、同じように解釈したので、同じような妄想にたどり着いたのかと思います。
ベースとなる知識が同じなら、初めて会っても会話が弾むことでしょう。
(二歳のソフィアが難しいことを喋るのは現象としては説明できませんが、まぁそこはそれ)
妄想によって分裂した人が、自己の統一を果たす。それが『ヴァリス』のキモだと思います。
また分裂しちゃいますが……