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暖かい樹のブログ

楠樹暖の覚書

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『シン・ゴジラ』と諸星大二郎

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映画『シン・ゴジラ』の話です。

色んな解釈はできるのですが、諸星大二郎先生の作品を軸に語るのも面白いかと書きました。

ネタバレを含んでいますので注意してください。

 

安野モヨコ先生の『監督不行届』という漫画があります。

 

監督不行届 (Feelコミックス)

監督不行届 (Feelコミックス)

 

 

漫画家安野モヨコさんが庵野監督(『シン・ゴジラ』では総監督ですが、このブログでは便宜上監督で統一)との結婚生活を面白おかしく描いた漫画です。

その中にオタクの英才教育として「まずは諸星大二郎全制覇!」という庵野監督のセリフがあります。つまり、庵野監督の基礎となっている部分は諸星大二郎先生の作品から成り立っていることが分かります。
たとえば、エヴァンゲリオンの恰好、これはNHK-BSのマンガ夜話の中で岡田斗司夫さんが、諸星大二郎『影の街』に出てくる巨人の影響があると指摘しています。

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エヴァンゲリオン』も『シン・ゴジラ』も諸星大二郎というイデアによって映し出された影のような物かもしれません。


自分が『シン・ゴジラ』で特に触れたいのは諸星大二郎暗黒神話』です。一部を引用しつつ書いていきます。

 

暗黒神話 (集英社文庫―コミック版)

暗黒神話 (集英社文庫―コミック版)

 

 
「個体進化は系統進化を繰り返す」を地でいくゴジラ。第一形態は水棲生物です。

第ニ形態のゴジラは両生類であるところのカエルのようにオタマジャクシに脚が生えたような感じになっています。第三形態でも腕が申し訳程度にしか生えていません。これは『暗黒神話』に出てくるタケミナカタを連想させます。

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暗黒神話』に出ている馬頭観音には次の文字が刻まれています。「参(しん)は猛悪にして血を好み 羅は災害を招ぶ」略して、「シン○○羅」。

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シン・ゴジラ』の後の世界では、怪獣は災害として気象庁が担当することになるかもしれないですね(参考『MM9』)。

 

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シン・ゴジラ』を見終わって、諸星大二郎先生のファンである自分は二つのことを思いました。
一つは、ゴジラとは救世主ではないのか?
もう一つは、『シン・ゴジラ』は神話である
です。

ゴジラは救世主ではないのか?
救世主と言っても人間の救世主ではありません。
神話学では「バナナ型神話」と呼ばれる神話があります。
神様が人間に「バナナか石がどちらかを選べ」と選択をさせます。人間は食べられるバナナを選んだので、バナナのように腐りやすくなってしまったというものです。もし石を選べが人間は不老不死になれたのですが。
このあたりの話は諸星大二郎『マッドメン』シリーズにもあります。
このバナナ型神話にキリスト教を絡めたのが諸星大二郎妖怪ハンター』の「生命の木」のエピソードです。アダムとイブはエデンの園で知恵の木の実を食べて頭がよくなりましたが、もう一種類、生命の木の実を食べて不死になった種族の人間がいるという話です。

ラストは有名な「おらといっしょにぱらいそさいくだ」のセリフと共に天に上っていく不死の人達の塊です。このビジュアルは印象的で、エヴァンゲリオンの最初の使途アダムに影響を与えているものと思われます。
で、『シン・ゴジラ』に戻りますが、人間はバナナに対してゴジラは石を選んだ種と言えないだろうかと思うわけです。
映画のラスト、尻尾が天に向かって伸びているところは「ぱらいそさいくだ」のシーンを彷彿とさせます。
つまり、ゴジラは不死の生命体の救世主であると。

■『シン・ゴジラ』は神話である
世界の神話の構造というのは、テンプレート的に類似になる場合が多いです。
これが、同じ話が伝播したためなのか、同じ元型から生まれたものなのか、人間が生得的に備わっているものなのかは置いておくとします。
で、『シン・ゴジラ』の構造を見てみると、恐ろしく単純です。
怪獣が来たので、倒し方を考えて、倒した。
もうちょっと枝葉を増やすと、主人公が協力者(贈与者)を得るとかも挙げられるかもしれません。
で、『シン・ゴジラ』が何の神話によく似ているかというと、ヤマタノオロチの神話です。
スサノオヤマタノオロチにヤシオリの酒を飲ませて眠っている隙に首を切って退治するという話です。
神事における演舞などは、神話を題材にしたものだったりするので、『シン・ゴジラ』もそのような伝承を伝えるものの一種で、元型的なものから発露する神話の現代的な表現かもしれません。
さて、神話だと怪物を倒したあとには報酬が手に入ったりします。姫と結婚したり、宝を得たり。ヤマタノオロチの神話の場合は尻尾の先から天叢雲剣を手に入れます。

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天叢雲剣は時代を経て、ヤマトタケルの手に渡ります。ヤマトタケルは敵の放った火に囲まれたときに天叢雲剣で周りの草を薙ぎ払って難を逃れます。それ以降、天叢雲剣は草薙の剣と呼ばれるようになります。
ヤマタノオロチの神話では人間に害をなすものを倒した報酬として、人間に恩恵を与える剣を得たということになります。
では『シン・ゴジラ』の場合はどうでしょう?
物議をかもしそうなラストシーン。尻尾の先にギーガーのエイリアンみたいのがいます。
神話の構造で考えると、これは人間に恩恵を与えるものだと考えられます。
ということで、妄想を膨らませてみます。
草薙の剣が武器なように、尻尾の先から得られるのは武器です。人型汎用兵器です。ズバリ、巨神兵の元になるものです。あれを研究して人類は巨神兵を作るのです。
なぜアレが巨神兵になるかという根拠ですが、草薙の剣が草を薙ぎ払うように、巨神兵もホラ……薙ぎ払うでしょ?
おあとがよろしいようで……。